我が家の庭の紹介と、尾張出身(愛知県)全国に影響を与えた戦国武将、織田信長、徳川家康、豊臣秀吉のゆかりの土地、史跡を紹介していきます。 特に現美浜町及び南知多町は室町時代二大勢力(戸田氏と佐治氏)が100年間にわたって支配した土地であり、また江戸時代末期の尾張藩で(御三家筆頭尾張i徳川家)家老職を勤めた事もある水野家(騎馬隊50騎の組頭も務めた:河和城主1万8千石の大名戸田憲光の末裔)千賀家が伊勢志摩の千賀志摩の末裔で、江戸末期のころ船奉行として熱田奉行所で堀川から名古屋城への検問及び伊勢湾、三河湾を管理していた、共に尾張藩の上級武士として幕末まで徳川家に使えたとある。
2012年9月28日金曜日
2012年9月19日水曜日
ローカルな戦国武将!!河和城主”戸田憲光
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| 昭和時代まで戸田憲光の末裔が住んでいた屋敷(江戸時代築) 尾張名古屋城 初代徳川義直時代から尾張藩士として、 また先祖が家康と従兄妹同士との理由から、城内に(二の丸) 上屋敷を構え特別な扱いを受けていた模様・・・・・ |
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| 主郭跡 現在残っている遺構は、広い主郭と、わりと規模の大きい 曲輪・堀・土塁がある。河和城は知多半島の城址で 最も遺構がよく残る城址の一つで有る。 (愛知県史跡整備市町村協議会発行資料) |
ロープを使用しました。下まで降りると知多厚生病院の駐車場に出ます、駐車場から見上げると
城跡は竹やぶに覆われ、確認することはできません。
駐車場・・・・・3台ほど駐車可能設備有り
名鉄河和駅下車徒歩10分 標高30m程あり眼下に三河湾が望めます。
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| 城跡への登り道、少し急な階段ですが上りきれば三河湾の 展望で癒されます。 |
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| 駐車場です、5台位は駐車できます。 |
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| 十二神社 文明2年(1470年)創建 河和城城主 戸田孫三郎守光の氏神であったとされる。 (資料 尾張恂行記に記されている) |
| 城山の真下にある川ですが、城が存在していた頃は城ヶ 淵と言われていた。城へ物資を運ぶ水路だったのでしょうか? |
2012年9月15日土曜日
2012年9月10日月曜日
吉良上野介の先祖が築城した??西尾城
吉良上野介の菩提寺(西尾市吉良町内)近くに、東条城が復元されています。初期の城で
城と言うより外観は砦そのもの、戦う為の要塞に見えます。織田信長の時代より前の作りで
天守閣のある城ではありませんが見る価値はあります。
2012年9月3日月曜日
2012年8月26日日曜日
家康の母! 於大(伝通院)が後妻として嫁いだ阿久比城主!!
2012年8月22日水曜日
2012年8月16日木曜日
2012年7月12日木曜日
名古屋城本丸御殿復元!! 工事進行中
| さすが!名古屋城の金鯱輝いています(鱗は18金で造られて いるそうです) 江戸時代は既に江戸城・大阪城の天守は失われて いたので名古屋城の天守は日本史上で最大級の天守であった。 姫路城天守より本体が1.5メートル高く1階の面積は 2.2倍あったとされる。 慶長15年(1610)徳川家康築城 |
| はち丸君が出迎えてくれます。 戦国武将隊!!郷土三英傑 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康 と前田慶次も会えますよ(今は二代目で初代はテレビで活躍中) |
| 来春!!玄関・書院が公開の予定です |
| 工事の様子は見学できますので、名古屋へ行かれたら 是非見学お勧めします。ヘルメットは貸して下さいますので 安心です。 見学は一般の方OKですよ!! |
| 枯山水回遊式庭園 二の丸御殿跡にあります。 |
| 幕末後尾張藩の佐幕派が幼主・義宜を奉じて幕軍に投ずる 計画があるということで、新政府に対して、藩主徳川義勝が 藩の重臣3名と同士11人を処刑した事件があったとされる。 |
| 正門 明治43年旧江戸城内の蓮池御門が移築されましたが 第二次世界大戦により焼失し昭和34年に再建された。 |
| 城内展示場江戸の町より |
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