2013年8月5日月曜日

源頼朝の命請をした 平清盛の母「池の禅尼」!!

建久元年(1190年)源頼朝公より、守り本尊を奉安されたとある。説明によれば定朝仏師作で、はじめ平清盛の母、池の禅尼の念持仏であったが頼朝13歳の時、平治の乱に敗れて平清盛に虜えられ、平清盛の母親 池の禅尼の命請いによって助けられ、後に鎌倉幕府を開き天下治めることが出来た。(その時禅尼地蔵尊を頼朝公に与えたもの)その後父義朝公墓参(1190年)の時当寺大御堂(野間の大坊)に納めたとある。歴史古くロマンを感じます!!
鎌倉が世界遺産登録選出から除外されたことで、思いつきで頼朝公の父親である源氏の総大将源義朝公の墓を訪ねて見ることにした。野間の大坊は歴史の宝庫ですね!!源義朝公の御廟内には家来の鎌田夫妻の墓、平清盛の母が頼朝に与えた守本尊の奉安塚、清洲会議後豊臣秀吉により自害した織田信孝の墓があります。その他鎌倉幕府5代将軍藤原頼嗣(1250年)寄進の梵鐘 、客殿豊臣秀吉公晩年の居城「伏見桃山城」の一部を移築したもの(1624~1643年)また尾張藩初代藩主徳川義直の命により、狩野探幽が18歳のとき描いた作品「源義朝最期図」があります。尚寺の歴史は古く、天武天皇(673~686)の時代に阿弥陀寺として建立されたとのこと!!


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